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スキルを身につけようとも、パフォーマンスとして爪を隠す

記憶力があるから、相手の話すことをメモする必要がない。
論理思考ができるから、支離滅裂な相手の話を瞬時に要約することが出来る。
速読ができるから、手渡された資料を一読で理解する。

貴重なスキルを身につけてその性能を発揮している。しかし必ずしもそれが効果的であるとは限らない・・・。そう気付いたのは最近のことだ。「能ある鷹は爪を隠す」というが、その性能を見せつけないほうがいいこともあるのだ。それは相手をだますためではない。相手の不安を払拭するため、だ。
メモらぬ阿呆にメモる馬鹿

いつも拝見している弾さんのブログで、面白法人カヤックの入社式のエピソードを元にした記事を読んだ。
新入社員が幹部のスピーチをメモする様子がないことに「内容を理解しているのだろうか」と不安に感じたカヤック代表柳澤さん。内容を理解、記憶するためのツールとしてメモの重要性を説いている。

対して弾さんは情報の記憶としてのメモならば、録音、録画が最適だという。
確かに「記憶」を目的とするならばメモよりも録音や録画がすぐれている。しかし柳澤さんが伝えたかった一番の要素はそうではなかったのだと思う。自分が理解するためだけではなく、話しての不安を払拭するためのメモが大切なのだ、ということを伝えたかったのではないか。

会議などで人の話を聞く。メモをしない。内容を要約して伝える。資料を受け取るが、一読で理解し質問を次々にあびせる。
これらは僕が実際に行ってきたことだ。メモをせずとも必要十分な情報を取得できた。資料はザッと見るだけで着目点を絞り込むことが出来る。時間短縮だ。高性能だ。・・・でも、それって本当にいいことなのか?
相手によってはそうではない。一生懸命考えて話した内容を一瞬でまとめられてしまう。一生懸命考えて作成した資料を数秒で読み解かれてしまう。それを、自分がかけた労力を否定されたように感じる人がいる。

以前、打合せですごくスカスカな資料を渡されたことがあった。内容は一読で理解できたのだが、「時間をかけた割りにこれだけかよ」と資料に目を落としながら頭を抱えてしまった。
その後、資料を作成した同僚が声をかけてきた。「一生懸命読んでくれたようで、ありがとうございました。みんなはサッと読んだだけだったのに」。

スキルを身につけようとも遺憾なく発揮することだけが効果を生むのではない。あえて爪を隠すことでも生まれる効果があるのだ。パフォーマンスとして熟読し、メモする価値があることがあるのだ。

> そこにおいて重要なのは、正確に記録することではない。強烈に記憶することである。
> speakerの立場であれば、記録を残すことではなく記憶を印象づけるのが目的である。
> 私がspeakerであったら、メモを取る社員がいたら敗北感に苛まれるだろう。

みんなが弾さんのように考えてspeakするのではない。
よかれとおもってメモを取っていると、弾さんのように考える人は「敗北感に苛まれる」だろう。
事前にメモに関する考えを共有するのも、ね。

僕はたまに奥さんの耳かきをする。耳かきのスキルを磨いたとして・・・短時間で終了させることが彼女の満足につながるのか?「耳かきは短いほうがいい」という人もいるだろうけれど。

いろいろな考え方をする人がいるなぁ。

(初めてのトラックバック。気を悪くされたらスミマセン。気弱なブログ初心者)

テーマ : 仕事の現場 - ジャンル : ビジネス

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